2007年10月23日
I are drunks.
Timbaland の全米大ヒット“The Way I Are”。I am じゃなくて。近頃ではamもareもisもなく、どれもbeなんだからというんで、I be、You be、He be、とかいうのもさして珍しくはないんだけど、この曲の場合、敢えて are が選ばれているのか。
(女)I like you just the way you are
私はそのままのあなたが好き。
(男)Can you handle me the way I are?
そのままのおれをうまく扱える?
と韻を踏んだというだけで、その他の深い意味はないのかもしれない。でももしかして、そうでないかもしれない。いろいろ調べればわかるのかもしれないけど、自分なりに I are の理屈をちょっと考えてみた。
are は you のほか複数の主語に対応する。とすると、「I are 〜」は「私は〜の一部、一員だ」ということではないか。つまり、
I am one of the Kurds.
おれはクルド人の一人だ。
これを簡略化するために、am を are に差し替えているのではないか。つまり、am one of = are 。
I am a Kurd. But I've never got a gun.
おれはクルド人だ。でもけして銃は持たない。
この人は個を主張する。対して、
I are Kurds. I fight for the land.
おれはクルド人だ。国土のために戦う。
と言う彼はクルド戦士を代表しているのである。
Timbaland の歌詞の男はどうか。are は「存在」を表し、「イコール」の上の例と意味は同一ではないが、「ある集団の一員としての存在」としての「私」を意識していると考えればよい。つまり、
I'm about to strip.
Can you handle me the way I are?
いま脱ぐぜ。おまえ、おれみたいな男を乗りこなせるのかい?
と言っている。これは私という個を集団に埋没させるひとつの婉曲的な用法とも言えよう。
投稿者 shachi : 2007年10月23日 01:39
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コメント
この話題と直接には関係ないけど、昨日見たイラン映画に出てきたセリフ。
「親方、なんで俺達イラン人より、アフガン人なんかをヒイキするんだ!」
「そりゃ、あいつらがお前らより、ずっと安い給料でずっと良く働くからじゃねえか。」
「てめぇ覚悟してろ!俺はクルド人だぞ、恨みは晴らすまで絶対忘れねぇんだ。いつか必ず復讐してやる!」
映画は『少女の髪どめ』
実にしみじみとした良い映画でした。
投稿者 guffaw : 2007年11月04日 01:57