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2007年07月03日

ノーフォークの思い出

 曇り。ロンドンから北西に伸びる高速道路を猛烈に飛ばすフィアット・ウーノに私は乗っていた。下宿屋のおばさんがノーフォークのコテージに連れてってやるというのである。小さな車はウェンディの巨体のせいか、ちょっぴり運転席のほうに傾いている気がする。車窓に広大な飛行場が見える。どうやら基地らしい。
「あたしはこういうのは好かないね」
「どうして?」
「ナチのロンドン空襲はそりゃひどかったからね」
「オー、ソーリー」
「日本人だってひどい目に遭ってるでしょ。ヒロシマと…」
「ナガサキ」
「とにかくね、あたしは戦争がだいっきらい」
「でも、原爆落さなかったらもっとたくさんの人が死んでたって…」
「ノー!」
 車体が揺れた。
「なんで日本人のあんたがそんなこと言うの! まちがってるよ! あたし戦争はだいっきらい!」
「いや、それはアメリカ人が言ってることで……」
 とやっとのこと言って、その先自分も戦争には反対ですなど言おうにも、もう遅い。英語的に“Some Americans say”から言うべきだった。いや、仮に先に出典を明かしたところで、ウェンディのご機嫌はやはり損ねたにちがいない。けっきょく、誰が、何と言おうと、戦争はだいっきらい!なのだから。
 あとのコテージに着くまでの道中、車内を気まずい沈黙が支配した。その夜、ウェンディから空襲で兄を亡くしたことを聞いた。二カ月後、その基地からイラクに向けて戦闘機が飛び立った。

投稿者 shachi : 2007年07月03日 16:46

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コメント

悲しいの・・・心が痛いの・・・
戦争、紛争、テロ・・・
絶対に嫌っ!! 今すぐやめてっ!!

投稿者 flint : 2007年07月06日 00:38

 ローリー・ムーアの『アメリカの鳥たち』の中の一篇に「日本に落とされた二つの原爆の話」や「道を聞こうと思っただけなのに間違って撃たれてしまった日本人留学生の話」にさらっと触れるところがあるんだけれど、それを読んだ時に感じた、何とも言えない、俺って日本人なんだなあ、と気づかずにはおられん、もやもやな気持ちを思い出した。

 原書で読んでいないので、原文がどうなっているのかは不明だけど。

投稿者 zenta : 2007年07月06日 11:29

 自分には選べないことを背負っているってのは、あとから考えて、思われたりします。といっしょに、選べたかもしれないのに…ってのもあるわけですが。

 Lorrie Moore は全然知らない人だったけど、Birds of America はいろいろ見てみるとなんだか面白そうだな。買っちゃいそうです。

投稿者 shachi : 2007年07月08日 01:07

 おもろいのとつまんないのと半々ぐらいかな。是非に、とまでは言いにくいぐらい。

投稿者 zenta : 2007年07月09日 00:25

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