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2005年05月31日

ジャングルで

 フィリピンのジャングルの兵士はさておき、まいどニッポン披露宴ジャングルの話。洋楽なら、歌詞の内容など気にしないというのもわかるが、森の奥は深い。埼玉方面の同業者によると、近頃人気はDef-Techの“My Way”(地方は東京に比べ圧倒的に邦楽の比重が高い)。

 手をつなげば怖くないから そこまでお前は弱くないから
 でもいつまでも そばにいないから

 あの、この「そばにいないから」んとこだけ、テキトーなナレーション被せてもらえませんか、ってリクエストもあったというが、そういう問題か。
 わかったこと:母国語だって、歌詞よりノリだ。
 強者はアメリカにもいた。新婦の学生時代のホームステイ先の家族が、西海岸の田舎州オレゴンから勢ぞろいでビデオを送ってきた。クライマックスの合唱曲のチョイスはビートルズの “I will”。

 Who knows how long I've loved you
 You know I love you still
 Will I wait a lonely lifetime
 If you want me to - I will.
(僕がどれだけ君を愛してきたか、誰も知らない
 知ってるかい、まだ愛してるんだ
 一生独りぼっちで待つのかって
 君が望むなら − そうするよ)

 みんな心底ノリノリだ。まったくもう、アメリカの一般庶民の振る舞いには、揚げ足取る気を萎えさせる土着の能天気さがあると、いつも思う。
              *  *  *
 家に帰って気づいたことがある。上記“I will”歌い始めの love が、follow とか obey −「従う」だったら、こいつはまさにミンダナオの本物のジャングルで、今も上官の命令を守る兵士の歌じゃないか。

投稿者 shachi : 03:47 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月30日

ここが

正念場だと言うのにちっとも作業がはかどらない。まったく自分の集中力の無さにはあきれてしまう。
最後までこんな調子だったか。。 いや、本当に全力でやらねば。

投稿者 kajiya : 10:03 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月29日

ここ変・関西シリーズ

 何故だかは全く解らないが、並んで電車に乗るとか、高速道の合流で交互に合流が出来ない人々。

●一行派

投稿者 yanhipo : 10:28 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月28日

好きな建築家も好きなフットボーラーも一人に絞れないわたしではあるが、最近、好きなバンド「ベルアンドセバスチャン」に続き、好きな踊り手が言えるようになった。
ディアナ・ヴィシニョーワ。ロシアのダンサーである。
静止画でみると、それほど、という感じなのだが、この間、DVDを何気なく見せられて、魅せられてしまった。1ミリのズレも許されないような正確な教科書のような踊りではなく、人間的で有機的で喜怒哀楽が隠った美しい動き。踊っていたのはクラシックなのに、クラシックともコンテンポラリーともくくるのが阿呆らしいほどの表現。一瞬一瞬の輝きが一つの群れになって動きになって、とんでもなく惹きつけられてしまう。だから、静止画でみてもしょうがないのだ。
来月、彼女は東京文化会館に踊りにやってくる。チケットは押さえた。もちろん自分の分1枚だけ。本当に好きなものは誰にも邪魔されずに楽しみたいからだ。あー、わくわくしてしようがない。

投稿者 to : 15:25 | コメント (3) | トラックバック

http://www.vishneva.ru/eng/index.htm

投稿者 Zenta : 2005年06月02日 15:11

さすがロシアと言わんばかりに画像の解像度が悪いんですよね・・・。

投稿者 to : 2005年06月04日 01:42

 プレス用には高解像度のデータも用意されているようですけどね。

投稿者 Zenta : 2005年06月04日 20:37

2005年05月27日

ロッケンロール

 先月4月1日にギターウルフのベーシストであったビリーが、心不全のため急逝した。エイプリルフールということもあって、たちの悪いイタズラかと思っていたのだが、オフィシャルサイトでも報告されていたので、信じざるを得なかった。

 実際にライブで彼を見たことがなかったのだが、とてもかっこいいベーシストだった。あんなゲインMAX、ヴォリュームMAXで、弦が切れても気にしない人なんて見たことないし、今後現れるとも思っていない。今の自分のプレイスタイルは、少なからず彼のスタイルから影響を受けているし、そういった姿勢は尊敬している。彼は自分の中でかなり大きい存在であった。

 先日、友人のライブを見に行ったのだが、そこで「ギターウルフ、新ベーシスト募集」という張り紙を見た。なんだかとても切ない気持ちになった。自分の中でギターウルフのベーシストはビリーしかいなっかったし、とても考えられなかった。でも天国のビリーも、残りのメンバーにはギターウルフを続けていってもらいたいと思っているのだろう。だから自分はギターウルフを応援していかなければならない。どんなベーシストになろうが、ファンでありつづけなければならない。

 日本でこんなにカッコイイと思ったバンドはいなかった。心からビリーにありがとうと言いたい。

投稿者 quwabara : 15:25 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月26日

050526

地元で行っている計画、診療所と住宅の建物が打ちあがった。打ちあがるというのは、建築の独特の表現かもしれない。今つくっている建物はコンクリート造で、コンクリートを型枠に流し込んでつくるのだが、その、コンクリートを注入することを、コンクリートを打設(だせつ)すると言うのである。一方、何か物事が最後まで行き着くときに使う、あがる、という表現は一般的だろう。建物の構造体としてのコンクリートが、すべて打設され、コンクリート工事が終わったことを指して、建物が、というより、コンクリートが打ちあがるという表現が出てくるのである。
鉄骨造の診療所は、すでに軒先の納めが始まっていて、外壁のモックアップもつくられた。もう少しで、もっとも大変な時期を終えることができる。というのは、建物の骨組みが出来上がるころ、まず、サッシや外装に関するディテールを決めなければならないし、続いて、内部との絡みを決めなければいけない。同時に、全ての設備関係のデザインを決めなければならない。だから、このころが、どんな現場の場合でも、もっとも肝要な時期なのだ。ここで手を抜くと、後でとんでもない結果を招いたり、大変に悔しい思いをすることになる。

投稿者 geta : 19:31 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月25日

園芸家

 毎日毎日庭仕事に勤しむ男あり。
 黙々と取り組んでいると、通りすがる人々に「御精が出ますねえ」と声を掛けられることも少なくはない。その度に、顔を上げて「そんなこともないんですけれどね」などと、曖昧な笑みを浮かべて曖昧な返事をする。これこそが日本的なコミュニケイションを代表する一つの形である。
 困るのは、これは何ですか、などと尋ねられることである。これは困る。とても困る。何となれば、私は草花の僕となって可能な範囲で面倒を見させて頂いているに過ぎないのであって、決して草花に詳しい訳ではないのだ。この狭い花壇のようなものの中にあるもののうち、正確に名まえを知っているものと言えば、片手に余るという具合。正直に、いや、ちょっとわからないですね、と答えると、相手としては、何だか変なことを訊いちゃったのかな、というようなもやもやした顔をして、あははは、では、また、などと、中途半端な挨拶をして去ってゆく。私の方でも、又もや曖昧な返事をかえして。
 中には、他のなら知っているはずよね、と気を遣って、別の植物を指し、じゃあ、これは何ですか、などと、尋ねてくる方もいる。しかし、それこそ、絵に描いたように、親切が徒になるという図なのである。すみません、それもわからないですね。そうすると、先方はますます気を遣って、じゃあ、これは、などと尋ねてくるわけで、すると私は、それに対しても、すみません、それもわからないんです、と答えねばならず、そうなると、気遣い魔王は、あらあら、じゃあ、これは何かしら、と問いを重ねる。にも拘わらず、答えられない私の、ああ、何と見苦しい事か。こうなったら、嘘でもいいから何か答えなくてはならん、という切羽詰まった心境になり……いや、いっそのくされに、腹掻っ捌いて死を以て詫びとするしかないか、ああ、短い人生だったなあ……と、そんな私の目の踊り具合に気づいてか、あら、これは紫蘇よね、そうそう、紫蘇だわ、などと独り言を呟き、女性は去っていった。嗚呼、助かった。この世に未練はないけれど、こんな形で世を去りたくはない。既のところで助かったわい。

 斯くの如く、園芸家の朝は意外なことで、意外に辛いものなのである。生半な心で園芸家になろうなどと思わぬが良いぞ。

投稿者 zenta : 14:02 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月24日

田植え

050524mm.jpg
 日曜日、田植えをしてきた。うちの田植え機は手押しの二条植え、もっとも小型の部類だが、それで十分なほどの田んぼである。
 作業は、機械がきっちり植えているかを確認しながら前進、Uターン、また前進の繰り返し。機械の腕が苗をつかみそこなう“欠植”にも気をつかうのだが、劣らず私が重視するのは、ラインが真っ直ぐであることだ。あんまりくねくねしていたんでは、ご近所にもナメられるし、何より美しくない。
 しかし、年に一度のぶっつけ本番では、何年やっても上手くはならないし、さらにあまりの単調さが邪念を呼ぶ。

あれ、兄貴のカツラ、上等になったかな。
うちの親もどっちもまだ10年は行けそうだな。
そう言やあ、遺産争いでこの土地分けてくれって言ってた伯父さんたち、相変わらず絶縁状態かな。
親が死んだらこの田んぼどうすんのかなあ。
遺産?
ま、貰えるものを断る理由はない。
“もういっかい!”

 たぶん土曜にかけたばっかりだからだろうが、大塚愛の『さくらんぼ』が脈絡なく出て来たところで我に返り、クラッチを切り(ブレーキはない)振り返ると、醜悪な“く”の字が。この写真じゃあんまりわからないけれど、自信作と言える優美なラインを引くことは、今年も叶わぬ夢なのであった。

投稿者 shachi : 15:56 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月23日

残り何日

最後のAssessmentを約一週間後に控えてテンワヤンワ。
寝る暇も無くなりそうなぐらいてんてこ舞いしております。。。

何だかもう少しで風が吹きそうな予感。
にしても、ディグリーショウとそのすぐ後のビジネスセンターでやるニューデザイナーズは楽しみ。
その二つのショウに自分達の作品が展示される訳です。

http://www.newdesigners.com/

取り敢ず、後もう少し。 
頑張っときます。

投稿者 kajiya : 08:18 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月22日

 明石のタコは毎早朝、丘に上がりタマネギ畑を荒らして海に戻るそうな。想像するとちょっと怖い。

●一行派

投稿者 yanhipo : 23:59 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月21日

ありがたく思う切っ掛け

先日、事務所にいらした人といろいろとお話をしていたら、しみじみと良かったことが思い出された。
最近状況を省みて穏やかになることが少なかったけれど、あぁ、ひとは話をする相手によってこんなにも変わるのか、と思った。なんだかとても、ありがたく思った。

最近、現場監督が気を遣いたいだろうという箇所をよく解ってきてくれているみたいで、かならず連絡をくれてどうしたいか聞いてきてくれる。そして、一つの見せ場である庇の図面を渡された。2日徹夜、渾身の施工図。ありがたく、思った。

月曜はコンクリート打設で、これで上棟なので躯体工事はほぼ終わりだ。鉄筋屋さんは帰り際わざわざこちらに挨拶しにきてくれ、型枠大工さんからは「外構でも来るけど、また、もっと大きい物件で一緒にやりたい」と言われた。また、とても、ありがたく思った。

投稿者 to : 21:21 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月20日

コンビニにて

 自分がコンビニ店員をやっていたせいか、最近のコンビニ店員の言葉遣いが気になってしょうがない。例えば、

「○○円からお預かりします」
「○○円からでよろしかったですか?」

 「○○円から」って、俺は○○円か?あと、「よろしかったですか?」ってなんで、過去形なんだ?今金払ってんじゃん、いま!
 他にもこんなことがよくある。

「○○円ちょうどお預かりします。」

 ちょうどなのに預かるんですか?何を返してくれるんですか?本当にそう言いたくなってしまう。よく考えてみるとおかしいことなのに、慣れてしまうとなかなか変えることは難しい。

 いったい何処に行けばまともな日本語を教えてもらえるのでしょうか?まずそれを教えていただきたい。

投稿者 quwabara : 00:10 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月19日

050519

先週の最終プレゼンテーションの結果、われわれの案が一等に選ばれ、高円寺会館の改築設計者に決定した。案の内容は、からす新聞5月号に掲載されると思われるので、ぜひご覧頂きたい。とりあえず、模型写真だけ掲載しよう。鉄の箱で場を囲い取り、道路やエントランスから完全にフラットなまま入ることのできる小劇場は、劇場の大きな扉や荷物搬入口を開くと、高円寺の街につながって、阿波踊りなどの拠点にもなれるだろう。

2001年にスペインの南の地方につくられる小さな建築を一緒に計画し始めてから、これで、関わったコンペは3連勝となった。マドリッド、アミアン、高円寺である。

投稿者 geta : 19:31 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月18日

いくつか

 丸谷才一のエッセーを読んでいて、びっくらこいた。数の話。a fewやseveral、あるいは、someがいくつぐらいかってなこと。
 私は「a fewは2-3」「severalは5-7」ぐらい、というようなイメージを持っている。恐らくは、中学校で身に付けたものだろうと思う。本を読んだり、外国人とコミュニケイトしてきた経験でも、それで違和感を感じたことはない。手元の辞書をざっと覗いても似たようなもんだ。丸谷も、まあ、私と大差ない感覚でいたようだ。ところが、デニス・キーンに「a fewは5-6-7」「severalは13-14」だと言われたもので彼は驚愕した、という記述を読んで私も驚愕した。この私の記述を読んであなたも驚愕した……って者が何人かいるだろうな。なかなか楽しい驚愕の連鎖ができそうだ。いや、まあ、それは今はどうでもいい。

 実のところ、a fewやseveralを数に直すといくつぐらいか、と問うたところで、詮無きことでありましょう。時代や空間、あるいは対象物に応じて変化するような代物であって、本質的に大きに曖昧な存在なのであるよ。曖昧だからこそ、a fewなどと言うわけであります。だから、多少のずれがあるのは、寧ろ、当然のことなのであるし、「数に直すと……」という試みが、そもそも馬鹿げているし、粋じゃないねえ。でも、気になる。「severalは13-14」ってのは、いくら何でもどうなのよ、という気がしてならない。そこで、私は、在英の弟子に調査を依頼したい。なるべく、ばらんばらんな人間を対象にそれなりの人数を相手にしてほしい。そうさな、several peopleには尋ねてみてほしいな……って、何人に質問すれば良いのだろうかねえ。

投稿者 zenta : 00:46 | コメント (4) | トラックバック

 「a few:5-6-7、several:13-14」は、私にも驚愕です。特に a few の方。「ちょっと」の感覚だから「2〜7」ならまだわかるけど、だったら4以下は?って聞きたくなっちゃいますねえ。
 私自身かつてイギリスに滞在中、たしかネイティブに同じ質問をしたと思うんだけど、少なくとも
 a few:2-3、several:5-7(私もこれ、染みついとります)
を否定はされなかったように記憶しています。several はもっと上に向って幅があるよ、って言ってたような気はするかな。1990年のことですが。あんまり定かでもないところもあり、数字としてはっきり言ってみてくれ、って聞いたわけでもなかったと思うので、興味ありますねえ。外国人に聞いてみるのも面白そうですねえ。

投稿者 shachi : 2005年05月18日 05:14

すみません、遅れました。
軽く、クラスメートに聞いて見たところ、(イギリス人20〜27歳ぐらいの女の3人が対象) a few 2〜4 又は5 ぐらいで several 5〜8 ぐらいだと言う結果でした。一般人の感覚は私たちが思っているそれとほとんど同じようです。にしても、やはり何について話しているかが重要で、それによってはa few が10以下のどれか、severalがそれ上の適当な数字にも十分なりえると思う。との答えでした。
ちなみに、役立たずのフラットメイト(オーストラリア人)はseveral って聞いた時は特定な数字は別に思い浮かべないと言って譲らず、調査対象にはなりませんでした。また機会があったら、もうちょっと調べて見ます。

投稿者 kajiya : 2005年05月21日 07:09

 御苦労である。
 なるほどね。ま、サンプルが少ないから、手空きの時にでも、もう少し調査を続けていただきやしょう。

投稿者 Zenta : 2005年05月22日 00:00

ご苦労さま。勉強になります。フラットメイトの、severalは思い浮かばない、ってのも面白いね。日本語の「いくつか」みたいな感覚なのかな。でもそれじゃあ some との区別は?ってことになるわけだが。

投稿者 shachi : 2005年05月24日 16:21

2005年05月17日

二丁目だったら五倍だけどさ

 新宿の歌舞伎町の東側にゴールデン街という飲み屋街がある。カウンターだけの狭苦しい店ばかり、たぶん百件以上はある。その昔、作家やら何やらのインテリたちがそこここで朝までウンチクを戦わした。いまでもそういう店は残っているが、でもかなり減っているみたいだ。
 で、そのゴールデン街に先週、一年ぶりぐらいに行って三軒ハシゴして散財した結果、わかったことがある。高円寺に似てる。昔というより、今の高円寺、古着ストリートの高円寺に似てる。どんどん新しい店が出来ていて、どの店も二十代くらいの若者がやっているのだ。資金の出所は知らぬが、活力である。
 若者たちが頑張ってるのは良いんだけど、でもね、ゴールデン街はちょっと高すぎますぜ。一緒に行った編集に、おい、ま、いつもおごってもらってっから、次は俺がおごったる、と掘った墓穴がいつもの三倍は深かった。金曜の最終で御殿場から出て来て三晩飲みまくり、月曜の始発で帰っていく顔の四角い自衛官のペヤングさんは、「いやあ、自分、お金の使い道ないっすから」でいいんだろうが、あたしにやどうも分不相応のようで。自戒。

投稿者 shachi : 04:29 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月16日

今日は

何だか凄く天気がいい。気持ち良く晴れた。
植物のように日光浴でもしたいなぁ、と思いつつ。。

投稿者 kajiya : 00:54 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月15日

ブラックレインのロケ地は、、、、

 ブラックレインのリドリー・スコットは二度と日本では撮影しないと堅く誓ったそうである、残念!

●一行派

投稿者 yanhipo : 20:37 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月14日

ススタケ

最近実家から山菜が送られてきた。唐突に今日届くはずだからと言われるや否や、蕨、薇、タラの芽、ススタケがやって来た。東京ではどれもほとんど食べる機会がなく、なんだか懐かしく感じてしまう。特にススタケとは久しくお目にかかっていなかったから、嬉しいことこの上ない。ススタケは、関東の方では取れないものなのかあまり知られていないようだが、10〜15センチくらいの細い筍で、私の田舎(富山)では結構有名な山菜だ。
早速、皮が付いたままの生のススタケを火の上で転がすこと約5分、竹の焼ける匂いが部屋中に充満し、涎がジワジワ染み出てくる。表面は焦げても中は大丈夫。熱いうちに剥いていくと綺麗な鶸色が湯気を上げながら現れる。ささっと塩を振掛けぽりぽりやると、熱燗をキュッとやりたくなるのが人情である。いつの間にやら、近くの酒屋で安酒を貰い、ちびちびやりながら真っ黒なそいつを割箸でコロコロ転がしてると、ふっと小さい頃の記憶が甦ってきた。幼稚園の頃だったかよく父親に連れられて山菜取りに行っていた。少し探してみると次々に見つかるもので、時間も忘れ宝探しの気分で山中を駆けずり回ったものである。
楽しかったな〜山菜取り。でも今は食べるだけでいいや、なんてなことを思いつつ、もう一口ぽりぽり。
普段ではなかなか味わえない田舎の贈物であった。

投稿者 tsubaki : 19:22 | コメント (1) | トラックバック

 ススタケってのは、色の名まえでしか耳にしたことがなかったんで、調べてみたら、チシマザサってのが正式名称みたいですな。
 何にしても、細い筍を炙ってほくほく喰うのは相当に美味そうだ。燗に剥いた皮を突っ込んだりすると、どうだろうか。それも、いいんじゃないかなあ……てな、ことを。

 ところで、鶸色って、私は全然思い浮かばない。そもそも鶸の類は川原鶸ぐらいしかみたことないしな。

投稿者 Zenta : 2005年05月14日 22:44

2005年05月13日

1983

 最近、ふと疑問に思ったことがある。自分が生まれた年って何があったんだろう?ということで、早速1983年の出来事を調べてみた。

・田中元首相に実刑判決
・三宅島大噴火
・大韓航空機撃墜事件
・ファミリーコンピュータが任天堂から発売
・千葉県浦安市に東京ディズニーランドが開園
・六甲のおいしい水発売
・スターウォーズ ジェダイの復讐上映

こうして見てみても、流石に生まれた年だけに思い入れがない。そうか、でもファミコンてこんな昔からあったのか。あとスターウォーズも。今回ので最後らしいし、何かの縁だから見に行こうかな。

 ついでに調べていると、1983年のアメリカ・トップ10も出てきた。

1.Every Breath You Take (The Police)
2.Billie Jean (Michael Jackson)
3.Flashdance ... What A Feeling (Irene Cara)
4.Say Say Say (Paul McCartney / Michael Jackson)
5.All Night Long (All Night) (Lionel Richie)
6.Total Eclipse Of The Heart (Bonnie Tyler)
7.Down Under (Men At Work)
8.Beat It (Michael Jackson)
9.Islands In The Stream (Kenny Rodgers & Dolly Parton)
10.Baby, Come To Me (Patti Austin with James Ingram)

 みなさんは自分の生まれた年に何があったか、ご存知ですか?

投稿者 quwabara : 17:10 | コメント (1) | トラックバック

 ベルリンの壁ができたってのが、インパクトがでかいかな。崩壊した時には、曲も書いたし。

 ボストークが ”人を載せて” 宇宙へ行ったのも凄いことであります。

投稿者 Zenta : 2005年05月14日 22:51

2005年05月12日

050512

いよいよ今週の土曜が最終プレゼンテーションである。ここのところ、毎日、伊東さんのしゃべるべき原稿が書き直され、すなわち発表の内容が吟味されている。このプレゼンテーションは、完全に勝つための緊張感と緻密さに満ちている。パワーポイントもつくられた。動画のプレゼンテーションもあろうかと思うが、われわれのやり方は、計画の内容を様々な断面で的確に切りとり、一枚ずつのペーパーにまとめるという、昔からの方法である。しかし、どのように計画の内容を切り分け、わかりやすく説明するか、そのためのグラフィックがどうあるべきか、ということを、とても真剣に考えなければならない。
ムービーのようなプレゼンテーションは、そのままで人の目をひきつけるから、果たして、伝えるべき内容をどれだけ内包しているか、本来はよほど慎重にやらなければいけない手法ではないだろうか。

投稿者 geta : 19:31 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月11日

早川星太郎展

 会場となったのは、阿佐ヶ谷圏内の、云わば、地元の喫茶店だったのだが、未だ嘗て足を踏み入れたことのない場所であった。だってさ、婦人服屋さんのお店を通り抜けなきゃ入れないところなんですよ。今まで、その存在すら、ぼんやりとしか認識していなかった次第。ここがCOBUなのか、と。

 さて、肝心の作品だが、私が知っている、彼の今までの作品の強烈さとは全く違う。けれども、小さい中にエネルギーが凝縮したような顔が並んでいた。
 奥の席に腰掛けた私には、それぞれの作品が見える角度が異なる。当たり前だ。正面のアヴェクの向こう側の絵は、勿論、正面に見える。一人で黙々と何かをメモしている男性の向こう側の絵は、凡そ、三〇度ほどの位置になるだろうか。私が座っている側の絵となると、角度はかなり浅く、入口側のものともなれば、零度に限りなく近い。勿論、立ってうろつきながら、全ての作品を正面から見ることも可能ではある。けれども、私には、その、自分の席からの限定された眺めが面白かったのである。一対一で正面から対峙するばかりが絵画との関わり方の唯一の方法なのではないのだね、と。斜めから眺め、ほぼ真横に位置するような絵を身を乗り出して眺め、そこに今在る作品を、私が今いる場所から、今眺める。おまけに、珈琲を淹れる音やアヴェクの会話から、レジスターの立てる金属音や婦人服屋さんの店員さんたちの声まで、その場には様々な環境音が溢れていた。良いね。普通に人間が生きている空間の中に存在する作品群。そこにあれこれが存在するにも拘わらず、なのか、そこにあれこれが存在するからこそ、なのか、兎にも角にも、星太郎の作品と私の距離は、随分近かったと思う。

投稿者 zenta : 16:21 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月10日

ビミョーな選曲

 プロポーズはまだなの
 ねえその気はあるの
 瞳で私 聞いてるのよ

 松田聖子の“未来の花嫁”。先日、バイト先の式場で20年振りぐらいに聴いた。確かにこういうのが流行っていた時代があったなあ、と感慨も深く、ついでにスタッフの20代のお姉ちゃんたちに確かめてみると、誰も知らない。バブル当時、歌わない新婦さんの友人はなかった“赤いスイートピー”だって、「タイトルぐらいは・・・」

 友だちから名前が
 変わるニュース聞くと
 何故か複雑 微妙なの

 こういう歌詞はどうやら「微妙」、いや「ビミョー」なのか。とにかく今は、こういう「つーいーてゆーきーまーす。アイ・ウィル・フォーロ・ユー」的なのはまず歌われないです。
 かくして友人たち男女入り乱れて“マツケン”で歌い、踊るのです。

投稿者 shachi : 03:23 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月09日

そう言えば、

今日は母の日だと思い出し昨日、退職したばかりのお母んに電話をかけた。
電話の向こうから聞こえる声は、相変わらず元気そうで何より。

お母んは今日、叔母さんのうちへ泊まりに行くらしい。
そう言えば、と言うよりも正確な日を知らなかったのだが、今日はちょうど一年前にガンでなくなった叔父さんの命日だった。もう一年経ったのか。僕が煙草をやめたのは健康の理由からではないと言いつつも、それは叔父さんが亡くなった後だと思っていたのは間違いだった事に、お母んとの電話で気が付いた。僕が煙草をやめたのは去年の三月だから、その前だと言う事になる。

そう考えると、煙草をやめる事によって願掛けでもしてきたような気がしてくる。いや、そんな事はないんだけれどもふと、

「なんだよ、せっかく煙草までやめたのに…」


そんな事を思った。

投稿者 kajiya : 09:51 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月08日

ここ変・関西シリーズ

 「エレベーターで9階までドーンっと上がってくれへん?」・別に「ドーン」と上がらなくても。。

●一行派

投稿者 yanhipo : 20:34 | コメント (1) | トラックバック

すみません、琴線にふれてしまい、笑わせていただきました。

投稿者 to : 2005年05月09日 01:31

2005年05月07日

マイヘルメットを手に入れた

前回ここで不満を吐いてしまったものの、正直、工事現場にかなり入れ込んでいる。しかも正確には、現場事務所にいるのではなく、本当に現場にいることが多い。

こんなに入れ込んでいるのは、施主にいろいろとお世話になっていて良いものを作りたいという理由ももちろんある。
が、そもそも、駅から事務所に向かう間にあるようなこんなに近い現場で、さらに工事をしているのが真っ当な工務店であって、なんて、こんな体験はなかなかできることではない。普段、本と想像のなかで図面を描いたりしているが、それをそばで確認できるのだ。これは、納まりという納まりをすべてどうやって施工したか、この目で確認したくならないわけがない。

といっても、張り付いていればいいというものではない。女だからなのか設計事務所だからなのか知らないが、職人さんたちはわたしと話そうともしない。・・・というか、相手にしてもらえないのだ。
だけど、わたしはしつこいから。図太くて我が侭な性格はこんなことに役が立つのか!と、煙たがられようが寒い目でみられようが、引かないわけで。マイメットやらマイ差し金(垂直の金尺)やらマイ手袋やらいろいろ揃えて、墨出しを手伝ったり、コンクリート打設時は飛び散るセメントを浴びながら一緒に型枠を叩いたり、建方が終れば掃除をしたり。とにかく何かあることに、職人にアピール!する。

本来であれば、設計事務所は工事に手を出してはいけない。それでも、やっても許される数少ないところ(おそらく造ることに直接関わらないところ)を、「しょうがないなぁ」とやらせてくれたときには、顔を合わせれば口論の絶えない現場監督だって、ありがたく思えてしまう。

最近、ようやく型枠大工さんと話せるようになった。
鳶の人たちも前より若干やわらかい物腰で返答してくれるようになってきた。

しかし、まだまだである。「先生」ではなく名前で呼ばれるようになって(イヤミなのか何なのかこんな小娘に先生と呼ぶのだ)、最後にはこちらの希望を「しょうがないなぁ」と気分を害さず造ってもらえるようにしたい。そしてわたしは、その業を確認したい。

・・・まー、設計業務がこなせてからのことなんだろうから、ほどほどにしなければならないのは解っているんだけど。

投稿者 to : 16:45 | コメント (3) | トラックバック

 建築業界の常識としてどうなのかってことはわからんけれども、本当の「先生」様になってしまったら、できない経験だろうから、結構なことでござんしょう。
 孰れにせよ、君がこの事務所にいるのには、大きな意味があったんだってことは言えますな。良かったね。

投稿者 Zenta : 2005年05月08日 23:15

そうですね!廻りに生かされてることを少しは認識したいと思います。
そう考えると、未熟な故にかなりのいい体験ができてるのかもしれないです。

わたしの傲慢っぷりも、少しは気を付けられるよう心がけなければ・・・。

投稿者 to : 2005年05月09日 01:24

あ、それから現場の人に合わせて、普段は絶対飲まないコーラを飲んでみたり、着メロ入れてみたりしてます。

ちなみに着メロは、小沢健二の「今夜はブギーバック」、ビートルズの「Long And Winding Road」ときて、今は「愛の賛歌」です。
次はストーンズの「I Can't Get No Satisfaction」にしようか、とか思っていまして。
本当に合わせるなら、もっとわかりやすさを狙わなければいけないのかもしれませんが・・・。

投稿者 to : 2005年05月09日 01:59

2005年05月06日

ことば

 自分は学生ということもあり、実験などでレポートを書くというか、書かされることが頻繁にある。その実験のテキストを眺めていると、とても誤字脱字が多いことに気がついた。だけど、あまりに多すぎて、自分が間違ってるんじゃないかと思えてきた。実際自分はちゃんとした日本語を使えているわけではなので、その時は自信まんまんに間違ってる、と断言することができなかった。

 テキストの中で多かったのが、「行なう」や「表わす」、「現われる」というような間違い。もうこれは多かったというか前編にわたって間違っていた。これで2000円取るなんてふざけた話だ。また、別の授業を受けていても、「~ずつ」を「~づつ」と使っていたりするのも多々見かける。あと、言い間違いというところでは、「ふんいき」を「ふいんき」と言ってるのを聞くことも多い。

 最近調べて知ったことなのだが、「むつかしい」っていうのは間違っている言葉ではなくて、「むずかしい」と同義の言葉だということをこの歳になって知った。まだまだ母国語はマスターできそうにない。日々勉強ということか。

 いやぁ、それにしても日本語はむつかしい。。。

投稿者 quwabara : 00:39 | コメント (1) | トラックバック

最近、18才の少年が1958年当時書いていた日記を毎日読んでいるけれど、仮名遣いなど結構めちゃくちゃで。「表す」「表わす」のほか「表はす」しまいにゃ「表らはす」までありまして、なんだかおおらかです。

投稿者 shachi : 2005年05月06日 18:27

2005年05月05日

050505

実に良い天気である。マドリッドでは現地打合せと調査に続いて、南のアリカンテというところへ行った。そこはもう初夏の陽気である。ここにつくっているのは、建築とも言えない様な変な建物である。しかしこれはれっきとした建築であるばかりか、どう見ても世界的にも結構よいプロジェクトである。発表された計画案も反響を呼んだが、実際に建設途中の現場を訪れた建築家たちが、それもきちんとよい作品をつくっている人々たちがそろってよいと言う。これまた最近の「建築」を考えるときにめずらしいことだと言ってもよいかもしれない。


投稿者 geta : 19:21 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月04日

そんな店、そんな夜

 ごくごく近所の、呑み屋らしい呑み屋で、呑み助らしい呑み助のおっさんと、自称藝術家らしい自称藝術家……つまり、如何にも無職らしい無職……同士、差し向いで呑んだ。
 然程ぱっとしないその呑み屋では、連休中の早めの夕方ということもあって客足も薄く、阿佐ヶ谷にあるのだからして、田舎というほど田舎ではないけれど、東京の中にあってはかなり鄙びた空気が流れていた。
 お酒を冷やで、と頼むと、女将は「常温でってことよね」と確認。つまり、冷やと言いながら、冷酒を要求する類の、知識不足の客が増えているのかいな、と、どうでもいいことが心配になる。高清水を枡からさえ零れるほどなみなみと注いでもらっていると、ああ、これが呑み屋てえものだなあ、と沁み沁み思う。酒の一滴二滴がどうのこうの、なんてことではなく、その呑み屋の女将の呑み屋の女将的気遣いが何とも言えず嬉しいのである。お酒様に失礼のないように呑まなくてはな、という気にもなりまさあ。
 ああだこうだ、と自称藝術家的な無駄話を交換していると、ふらりと女将が顔を出し、連休中だから何もできないのよ、あはは、と宣う。出てきたのは、鯨のスタミナ炒め。要するに、大量の大蒜で炒めてあるわけよ。医者に酒を止められている者同士が抓むには悪くない選択でありますな。
 暫く振りに会っても昔と変わらんね、などという話題も出たけれど、よく考えてみれば、お互い頭は真っ白だし、医者に酒は止められているし、五時に呑み始めて次の五時(場合によってはもう一つ先の五時)まで呑んでいるというような勢いはないし、相手のおっさんには高校生になる娘がいるし、私にだって女房がいるし。変わらないようでいて、実のところ、あれこれと随分と変わっているのである。そんなことを思ったら、こういうぱっとしない呑み屋がこの世から消えてしまう前に、「八十年代が羨ましいです」などという(微)妙な憧れを抱いている婦女子を連れてきてあげたいなあ、という気がした。

 自転車をこぎながら夜空を見上げた。星がとてもきれいだった。でも、そんなことしてると、転びますよ。もう昔とは違うんだからさ……って、酔っ払って自転車乗ってりゃ昔も転んでいましたね。

投稿者 zenta : 16:43 | コメント (3) | トラックバック

ちょいとさっきまでイトー君なるアナザー飲み助などと飲んでましたんですが、かれは自転車で帰っていきましたな。私はいつぞや救急車に連行されてからその手の乗り物は封印しましたが、学習能力のない彼奴は、つい二月ほど前のギプスのことなど忘れているようですよ。

投稿者 望月正俊 : 2005年05月05日 02:52

先日は、団地で息子に声をかけて下さりありがとうございました。
もうずいぶんお久しぶりだと思うのですが、よく分かりましたね。すっかり大きくなっちゃったのに。

そういえば・・・「zentaさんって坂本龍一に似てるね。」って言ってたけど、あれは、、、白髪だからなのか。

投稿者 Rika : 2005年05月08日 10:31

 ひょろっと縦にのびた少年、こいつがこっそり辞書を引きまくっていたんだな、と思い浮かべて、爆笑を堪えるのに必死でしたよ。

投稿者 Zenta : 2005年05月08日 23:18

2005年05月03日

環境破壊

 先日、ふつうの登山者が入ることのない山に入って、こういうのを置きっぱなしにしてきてしまった。けっこう大っきかったし急斜面だったから、おどろいたクマやらシカやらが転んで怪我しちゃいないか心配だ。反省している。

投稿者 shachi : 01:36 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月02日

Canal Walk


今日はバンクホリデーで三連休。土曜日にフラットメイトらとロンドンが見渡せると言う、Primrose Hill に行った。その後で、川沿いを伝いってリトルベニスのまで約二マイルの散歩。川は途中London Zooの中を通るので外からヤギなども見れたりした。天気が良く、久しぶりにかぐ草や花、土の匂いが懐かしい。 大分、歩き疲れた頃に何処からともなくジャズが聞こえてきた。思い掛けない事に、最後に僕たちを待っていたのはお祭りだった。ボートに色とりどりの旗が飾られ、出店が並び、沢山の人がいる。 僕たちはそこで飲み物を買い、ちょっと高いチップスを食べた。 何だか春らしい、ノンビリとした休日だった。

投稿者 kajiya : 21:09 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月01日

大瓶・小瓶

 関東ではビール大瓶(おおびん)に小瓶(こびん)・関西では(だいびん)(しょうびん)なのだ。

●一行派

投稿者 yanhipo : 23:59 | コメント (0) | トラックバック